新潟県突入、日本一周最大の難所、親不知(おやしらず)が待ち構えていた

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生地駅でテントを張っていたら夜中に変な男が来た。地元の交通巡回をしていると、いっていたがよく分からない。私が歩いて旅をしている事を説明すると、「わしも若い頃、大阪に住んでいて苦労したので、あんたの気持ちはよくかる」?、「何か無いかな」と、ポケットをまさぐっていた。

しばらくしてから思い出したように帰っていって、又、現れた。手にはパックに入った食べ残しのコロッケのような物を下げていた。ぶっきら棒に「これを食え」と言って進められたが、食べる気がしなかったので「明日食べます」と言って礼をいった。気持ちはありがたかったがコロッケは結局食べなかった。

駅を6時25分スタート。どんよりとした天気で昼からは雨の予報。この付近は食堂やコンビにがないので腹ペコの状態でしばらく歩く。朝はしっかり食べたないと、やはり力がでずののろのろ歩行になる。

11時前、朝日町宮崎と言うところで30歳半ばの夫婦に声をかけられる。「日本一周ですか、がんばってください」と言って缶コーヒーを頂いた。しばらく旅の話をしていたら奥さんが「ちょっと待って」といって階段を駆け上がって、袋に満杯に入ったお菓子を持ってきてくれた。

それから又、思い出したように階段を上がって今度は軍手を持ってきてくれた。多分、私が手袋を片方しかしてなかったので、持ってきてくれたのだと思う。

手袋は朝スタートする時、片方がなかったので、片手にしかはめてなかった。その心使いに胸が「ジーン」とした。見ず知らずの人間に、ここまでやさしくなれる人はあまり、いないだろうな思った。感謝の気持ちで胸が膨らむ。名前を聞いて写真を撮らせてもらばよかったと思った。

13時前に新潟県、糸魚川市に入る。市振の関と言う道の駅があったので休憩することにした。入り口に汚い自転車が停まっていた。旗のような物を立てていて日本一周の文字が書かれていた。

しばらく待っていると若い男が現れた。まだ二十歳前後の小柄の人で頭にはバンダナを被り真っ黒に日焼けしている。私の武蔵号の日本一周の旗を見て、「えー。徒歩で日本一周ですか」といって驚いていた。その青年は青森からスタートしてもうすぐゴールの予定だと言っていた。こちらはまだスタートしたばかりなので、色々な情報を聞き、記念に写真を撮りあう。

その青年が言うには、この先の親不知は「日本一周の中でも最大の難所で非常に危険だと」教えてくれた。情報不足でまったく知らなかった。

彼が言ってた通りの危険な道だった。断崖絶壁の場所に道路がへばりつくように走っていて、トンネルが次から次へと続いている。おまけに道幅が狭く、歩道もない危険極まりない道だ。さらに大型トラックが爆音を響かせ、ひっきりなしに通っている。

全神経を集中して歩いた。トラックの音がすると、すぐに道の端によりトラックが行き過ぎるのを待った。緊張の連続で汗が体から噴出す。道路の左側は絶壁で目がすくむような高さだ。高所恐怖症なのであまり、左一杯に寄れないし右はトラックが来るし、どうしようもない。

こんな状況が永遠に3km以上も続いたので精神的にクタクタになってしまった。今日は道の駅で宿泊予定だったが24時間開放している駅は近くになく、ひとつ先まで行こうとしたが、あまりのも遠いので途中で断念した。

須沢南という所に大きなバス停があり、その前の「レストランきたがわが」と言うのがあったので今日はここのバス停で泊まることにした。レストランで食事をしてブログを更新していたら店の方が来て、色々と話を
してくれた。ここの店は長距離の旅人に縁があるようで、あままで知り合った色んな方の話をして頂き興味ぶかかった。又、この先の道の駅の情報やパンフリットや地図を頂き親切な対応でありがたかった。

バス停でテントを張り寝ようとしたらいつも愛用しているマクラのエアーが抜けて使いなくなっていた。仕方が
ないのでカメラバックをマクラにしたがなかなか寝付けずあまり睡眠がとれなかった。


                           本日の写真


                     最大の難所 親不知(おやしらず)
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                         もらったお菓子
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                           文句あるか・・・。
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                        日本一周チャリダーと
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by musashigaiku | 2010-04-16 20:20  

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