カテゴリ:宮崎( 7 )

 

本格的な冒険家

11/30  曇り


昨日は日向市のネットカフェにお世話になった。ブログ更新して23時過ぎに寝ようとしたが周りが騒がしくて眠れなかった。あまりうるさいので店員に静かにしてもらうようにお願いしたが一向に騒ぎは収まらない。立ち上がって騒がしい方向を見ると二人の若者がゲームをしているところだった。

ゲームの音は仕方ないと思うが話し声や笑い声が極端に大きく周りにも迷惑を掛けているだろうと思ったので相手を睨みつけ大声で「うるさい」と叫んだ。ところがそれでも一向に騒ぎは治まらない。仕方ないのでしばらく様子をみることにしたら、30分ぐらいするといくらか静かになったので我慢して寝ることにした。明けがたに少し眠れたぐらいで今日も睡眠不足だ。

カフェを7時半にスタート。丁度通学の時間帯で高校生が自転車で寒そうに走っている。この辺りの高校生は本当に挨拶をよくする。すれ違うたび「おはようございます」の声が次々に聞こえる。中には「頑張って」と言って走り去る生徒もいる。宮崎県人はのんびりしていると言われているが、人を思いやる心をもっている人が多いように思える。友達が宮崎に定住したのは気候が温暖だけでなく、人間的に温かい人が多いということもあるのかも知れない。

11時前に延岡市に入る。12時に吉野家で昼食。いつも通り牛丼とたまごと味噌汁、これで充分だ。しばらくいくと市街地に入り大きな川(五ヶ瀬川)を渡る。少しいったところにスズキの整備工場があった。ふと見ると懐かしのマツダK360が飾られていた。昭和44年製で新聞にも掲載されたようだ。記念に写真を撮っていく。

15時45分に小さな自転車で大きなリュックを担いだ男が追い越してきた。「こんにちは」と言って停まってので武蔵号を道の端に置いて話しをした。名前は佐々木さん年齢は32歳、この小さな折り畳み自転車に小型リヤカーを引いて日本一周を終えたばかりだと言っていた。

途中韓国も言ったようで2年以上旅を続けてきたようだ。宿は一切取らず全て野宿、自転車もホームセンターで買った安物の折り畳み仕様、あえてこの重たい自転車選んだようだ。今は鹿児島で旅を終えて自宅の京都まで帰るところだと話していた。

旅の形態は基本は自転車の旅だが、途中で登山をしたり、ライフセーバーの講師もやっていると言っていた。この旅が終わったら今度は外国に行くようで本格的な冒険家のようだ。お互いにセルフタイマーで写真を撮りあい、しばらく旅の話をした。話は尽きないがいつまでも話してる訳にはいかないのでお互いの検討を願い分かれた。彼が去った後に世の中にはすごい人がいるんだなと思った。

16時20分に道の駅北川はるまに着く。この先は峠道が続きしばらく何もないので今日は少し早いがここの道の駅にテント泊することにした。隣の食堂で夕食を食べ、ブログを更新、17時で閉店なので道の駅の休憩所で又、残りのブログを更新する。今日も寒そうだテントで寝れるかな。



                      本日の写真



             お世話になったネットカフェ
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              冒険家 佐々木さん
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               二人で記念写真
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                 リズム
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             右の護岸のブロックが残念
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                 マツダK360 1
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                人道トンネル
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              西郷茶屋の横の石仏
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by musashigaiku | 2010-11-30 18:26 | 宮崎  

思い出の都濃町

11/29 晴れ


昨日は川南町のふるさと総合文化公園にお世話になった。朝、目が覚めてテントの上を見ると、なんと空が見えているではないか。軒下と思ったいたがそうではなかった。どうりで明けがた寒かったと思った。公園を6時50分にスタート。8時にコンビニで豚マンとアンマンを食べる。安くて時間がかからないので最近はこのパターンが多い。

8時過ぎ都濃町市街地の標識が見えたので右折をする。この道は旧道の10号線だ。この都濃町は29年前の九州一周ウォーキングで大分~宮崎間(200km)に挑戦してここで歩きを断念した所なので感慨深い。

当時、宮崎の友人がバイクでここまで迎えに来てくれて彼の家(宮崎市内)まで連れていってくれたのだ。彼が宮崎に住んでなかったら九州一周も日本一周も歩いてなかったかもしれない。そう思えばいくら感謝しても足りないぐらいだ。

彼には3年前に串間~宮崎(都濃町)でもお世話になった。この都濃町は九州一周ウォーキング達成の串間~宮崎(都濃町)の最終目的地でもあり、私にとっては都濃町は忘れることの出来ない町なのである。しばらく当時の事を振り返りながら歩いた。

9時過ぎ、道路沿いに大きな神社があったので寄ってみる。ここ周りは公園のようになっていて、近くのお年寄りが2~3人ベンチで休憩していた。私が傍を通ると「何処から来ましたか、休んでいかないかね」と声を掛けられたので少し休んでいくことにした。

旅の経路を説明すると驚いていた。ここは近所のお年寄りの憩いの場にようになっていて、その中の一人が毎日朝早くから来て夕方の3時ごろまで馬鹿話をしていると言っていた。つくづく平和な日本だなと思った。

11時過ぎに日向市、12時に美々津町に入る。しばらく歩いていると車が停まっていた。中から30歳ぐらいの坊主頭の体格の良い男の人が降りてきた。「歩きの旅ですか、良かったら弁当食べませんか」と言った。

私が「いいんですかと言うと」その方は「弁当が2個あるのでどうぞ」と言って手渡してくれた。私が「せめて名前でも教えてください」と言うと「いえいえ」とと言って手を振って車は走りだした。車には「フジタカ」と書かれていた。多分、会社名だろうが詳細は分からない。頭を下げ一礼して感謝の気持ちを伝えた。

12時半に美々津大橋を渡る。橋のしたで先ほど頂いた弁当を広げた。中身は豪華なチキン南蛮弁当だった。感謝の気持ちで美味しく頂いた。

16時に日向市に入る。しばらく行くと吉野屋があったので夕食、この町にはネットカフェが1件あるようなので道を聞いていってみる事にした。ナイトパックは20時からなので近くのマクドナルドでブログ更新をして時間の調整をした。




               今日の写真



           お世話になった川南町の公園
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            差し入れに頂いた弁当、少し食べています
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               古い倉庫の扉
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              冬に桜満開 
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             古くて希少な看板
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                亀裂
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               思い出の都濃のバス停
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                   農作業
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                     晩秋
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by musashigaiku | 2010-11-29 19:55 | 宮崎  

路上写真教室

11/28  曇り

今日は友人の山口家で朝を迎えた。今日は日曜日だが彼は生憎、休日出勤で仕事だ。朝、7時過ぎ皆で朝食を食べた後、仕事に出ていった。彼の次男(高校1年生)が写真が好きなので出発前に路上写真教室を開くことにした。家の回りを散歩しながら基本的な写真の撮り方を勉強することにした。実際に人物や風景、花、等、身近にあるものを撮っていった。

勉強熱心なので次々に写真の基本をマスターして1時間もしないである程度の作品が撮れるようになった。その中で公園の遊戯機械の写真は素晴らしくどこのコンテストに出しても通用するレベルだった。やはりセンスが良いのかもしれないなと思った。

10時過ぎに家に帰り、出発の準備をした。出掛けに弁当やお茶、飴、みかん等武蔵号に積めないくらい頂いた。出発の時は家族全員で見送りしてくれ感謝の気持ちで一杯になる。

しばらく10号線を道なりに歩いていった。11時半にバイパスと合流、少し行くと一ツ瀬川に出た。川に船が停泊していて写真的だったので何枚か写真を撮る。

13時前にドラックストア、コスモスの店の前のベンチで昼食。朝、頂いた弁当を広げた。弁当やおかずやお菓子を見ると奥さんの心遣いがひしひしと伝わってきた。お腹は一杯になるし、感謝の気持ちで胸もも一杯になる。本当にありがたいなと思った。

15時半高鍋市街地の入る。ネットカフェぐらいあるかなと思っていたが宿泊出来そうなところは無かった。さらに一つ先の川南町まで行くことにした。途中から10号線を右折して商店街にある方面に歩いていった。30分ぐらいいくとスパーがあったの30%引きの弁当を買い店内で食べる。

電源を借ろうとしたが生憎店内には使える場所がなかったので電池でブログ更新を行う。1時間半ブログ更新をして19時10分に店を出る。JRの川南駅が無人駅で泊まれそうなのでそこまで行くことにした。駅は商店街からかなり離れていて海沿いにあるようだ。少し歩いていたら公園の表示があってイルミネーションが光っていたのでそこまで行って見ることにした。

かなり大掛かりなイルミネーションでアベックや家族連れで賑わっていた。どこかにテントを張る場所がないか探してみたら公民館のような建物の横にテントが張れそうなので、川南駅は中止してここに張ることにした。しばらく公園内を散歩して何枚が写真を撮る。20時過ぎにテントを張り、防寒対策、完全武装で寝袋に潜り込む。






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by musashigaiku | 2010-11-28 18:52 | 宮崎  

二人の友人

11/27 晴れ



昨日は宮崎の大迫さん宅世話になった。朝、8時前に家を出てお店(餅屋)までいった。店にはすでに店員のおばあちゃんが来て仕事をしていた。ここのお店は創業40年で昔ながらの手作りのお餅やさんだ。せっかくなので店内を見学させて頂いた。

作業は全て手作業で一つ一つ丁重に作られていて釜も今時珍しい蒔きの火を使っていている。記念に作業の手順を写真に収めていった。帰りにおはぎを二箱買って帰ろうとしたら昨日の残りのお餅を頂いた。武蔵号に乗せられない位の量だ。記念に皆で写真を撮り、お世話になった礼を言って別れた。

店を8時にスタート。今日は宮崎の佐土原の友人にお世話になる予定だ。距離にして約12km、3時間の工程だ。8時過ぎ吉野家で朝食。久々の吉野家の朝定食。安くて美味しい。

11時過ぎ友人の山口家に着く。3年ぶりの再会だ。みんな元気そうでなによりだ。昼は友人の手作りの料理、最高級の宮崎牛のステーキ、サラダ、スープ、、酢の物にサラダ。至れり尽くせりの料理でご馳走になった。

食後、ゆっくり休んで彼のオーデォルームで久しぶりに音楽を聞いた。素晴らしい音質で圧倒された。しばらく聞いた後に今度はギターで懐かしの歌を弾きあった。今、歩きの旅をしていることを忘れててしまう程、ゆっくりとした時間が流れた。夜は皆で近くの鰻屋で食事に行き高級な鰻調理をご馳走になり随分お世話になった。




                    今日の写真



             お世話になった大迫さんの家
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                     大迫餅店
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                手作りの餅作り1
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                 宮崎の友人の手料理(宮崎牛)
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                 家族と一緒に記念写真
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by musashigaiku | 2010-11-27 22:05 | 宮崎  

宮崎日日新聞の取材を受ける

11/26 晴れ


昨日は鵜戸神宮近くの民宿南光にお世話になった。19時前に民宿について荷物を降ろしていたら、ただ今と言って高校生が帰ってきた。ここの女将さん(おばあちゃん)に身内の方ですかと聞くと孫ですと言って目を細めて笑った。身長は180cmぐらいあり体格がよくてスポーツマンタイプの男の子だ。なんだか加山雄三の若大将シリーズのワンシーンを見ているようで心が和んだ。

部屋は和室で大きく風呂もトイレも装備されていて文句なしの民宿だ。風呂に入りブログ更新を夜遅くまで行う。朝は7時前に起床、出発の準備をしてスタートしようとしたらおばあちゃんが昨日の残りですが良かったら食べてくださいと言ってパンを2個頂いた。

今日は朝から快晴で気持ちが良い。しばらくアップダウンのある道とトンネルが続いたので身体が少し汗ばんできた。11時にイルカ岬、しばらく行くと宮崎市に入る。この道は3年前に一度歩いてことがあるが以前に比べると道路が整備されていて歩道が随分増えて歩きやすくなっている。

朝パンを2個食べたきりで何も食べてないのでお腹がぺこぺこになってきた。この辺りはコンビニや食堂がないのでしばらく我慢して歩く。所々に磯料理のお店があるが、メニューを見ると1,000円以上するのでとても食べる気にならない。

13時35分に掘切峠、記念に何枚か写真を撮る。しばらくいくとやっとコンビニがあった。腹ペコなので弁当とインスタントラーメンを買い、海を見ながら昼食を食べる。14時過ぎ宮崎の日日新聞社の岩切さんから電話が入った。取材の要請だ。友達の山口が電話してくれたようだ。私が宮崎に着くのが遅くなりそうなので少し手前で会うことにした。

しばらくバイパスを歩いていたが面白味がないので県道367号の子供の国のある道路を歩くことにした。どうもこの辺りの道路は分かりにくい。県道を歩いていたが途中から標識に従って宮崎市内に入っていったら又、バイパスに入ってしまった。

17時過ぎに新聞社から電話があり今から取材に来ると言う。しばらくしたら報道部の岩切さんと言う方が来た。旅の目的や出来事を30分位かけて取材して頂いた。

18時55分、久しぶりに吉野家で夕食、安くてお腹一杯食べれるのでありがたい。今日の宿泊先は知り合いの大迫さんの家にお世話になることにしている。大泊さんは宮崎神宮の近くで餅屋さんをやってる方で年齢は65歳、3年前の九州一周の時に汽車の中で知り合ったかたで、その時は随分お世話になった。

今回も連絡したら是非寄ってくれと言うのでお邪魔することにした。近くまでいったら自転車で迎えに来てくれた。大泊さんは子供達も独立して今は一人暮らし。部屋は汚れて散らかっていたが泊めてくれるだけでもありがたい。ブログ更新も出来、風呂にも入れてもらい、いくら感謝しても足りないぐらいお世話になった。








                      今日の写真




              お世話になった民宿南光
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                  宿泊した部屋
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                  新しい歩道
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                  巨人軍の合宿ホテル
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                 日南海岸1
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                   珍しい墓
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                   船
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by musashigaiku | 2010-11-26 22:11 | 宮崎  

甘くて美味しい「太陽の雫」みかん

11/25 晴れのち雨


串間駅を6時35分にスタート。5分もしないでコンビニ,今日の朝食は豚マン、カレーマン、朝から通学の子供たちの元気な挨拶声が爽やかに響く。この辺りの子供たちはしっかり挨拶をするので気持ちが良い。

9時35分に南郷町に入る。しばらく行くと道路沿いの倉庫でみかんの箱詰めの作業をしている方がいた。立ち止まって見ているとそこで働いているおかあさんが「休んでいきませんか」と声を掛けてくれた。丁度、休憩時間のようで小さなテーブルの周りにみかん箱の台を置いて皆で座ってお茶を飲んだ。お菓子もし進められたので頂いた。

歩きの旅のことを色々聞かれたので簡単、経路と目的等を話した。その中の中心的な男性から「大変だろうが羨ましい旅をしていますね」と言った。私は「歩きの旅は、ある程度の資金と時間と体力が必要なので簡単にはいきません」と言うと「そうでしょうね」と言って相槌をうった。

10分ぐらい休憩させて頂きスタートしようとしたらちょっと待ってと言って「傷物だけどこれで良かったら食べてください」と言って持ちきれない位のみかんを頂いた。感謝の気持ちを伝えて又、歩きだした。

しばらく歩いてから先ほど頂いたみかんを食べてみた。食べてびっくり、非常に甘く、今まで食べたみかんの中で一番甘くて美味しかった。みかんの名前は「太陽の雫」と言う名前のようだ。さらに又一つ食べてみたがこれも非常に甘く美味しかった。傷物の規格外れのみかんなのに驚くべき甘さだ。

あんまり美味しかったので宮崎の友人に送ろうと思い少し先の直売所に寄ってみた。残念なんことに太陽の雫は置いてなかった。店の方が言うには[太陽の雫]は糖度が高く別格扱いだと言っていた。

12時35分、南郷町の交差点を右折する。すぐ横にコンビニがあったのでインスタントラーメンとお握りで昼食。南郷駅に13時15分に着く。15時に油津、2日後に宮崎の友人に会う予定になっているので今日の歩きをある程度距離を稼いでないと後が大変なので頑張って歩くことにした。

16時25分に道路沿いの食堂でカレーセットを食べる。店の店員にこの先の宿泊場所を聞いたら鵜戸神宮の近くに南光と言う民宿があると教えてくれた。電話してみると素泊まりで3,000円と格安なのでここで泊まることにした。

食堂を出たら雨が降ってきた。雨脚が強いのでカッパを着て歩く。この先の道路はフェニックス道路と呼ばれていて道路沿いの至る所にフェニックスが植えられている。3年前に歩いた時よりも道路が整備されていて歩道が増えているので歩きやすい。

5時半頃、ふと海をみると薄明かりの中人が浮かんでいるではないか良くみるとサーファーのようだ。この荒れた海でよく遊ぶなと思った。暗闇の雨の中、懐中電灯を頼りに鵜戸神宮を目指して黙々と歩く。民宿に着いたのは18時40分、今日はよく歩いた。6時35分にスタートして約14時間も歩いた。




                   今日の写真



              お世話になった串間駅
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              コンクリートに咲く
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             可愛い怪獣
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              サツマイモ?
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               みかんの箱詰め作業
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              出荷前の太陽の雫
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               一休み               
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               愛嬌のある顔
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              貰ったみかん
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               交通祈願
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by musashigaiku | 2010-11-25 22:36 | 宮崎  

口蹄疫

11/24  晴れ


鹿屋市のネットカェを5時起床、ここは100円カレーがあるので朝食に注文した。100円でカレーが食べれるなんて本当にありがたい。カフェを6時10分にスタート。薄明かりのなかトボトボと歩き始める。ここは市街地の外れなので商店街も閑散としている。オレンジのすずらんの形をした街灯が僅かに華やかさを演出している。

市街地を抜けしばらく歩いていると田舎道の変わった。先の方で煙のようなものが上がっていたので近づいてみたら川から上がってくる靄だった。靄に包まれた川が幻想的だったので何枚か写真を撮る。写真を撮り終わって橋を渡っていると下の道になんと牛を連れて散歩している方がいたので驚いた。

これは面白いなと思って写真を撮ろうとしたら相手も私に気が付いて、こちらを見て手招きしているのでカメラを持って下の道に下りていった。私が「立派な牛ですね」と言うと、作業服を着て白い長靴を履いた60歳ぐらいの方が「この牛はあの宮崎の口蹄疫で殺傷処分されたあの有名なスーパースター忠富士の異母兄弟の牛です。名前は「勝安竜号」と言います」と説明してくれた。又「この牛は種牛なので長く元気に働いてもらうため散歩をさせて下半身を丈夫にしている」と言った。

私が「良かったら写真を撮らせて貰えませんか」と言うと「良いですよ」と言って牛にポーズを撮らせ一緒に並んでくれた。何枚か写真を撮って礼をいって歩こうとして下を見ると橋の下を潜って田舎道を進んでいた。これは面白いと思い、又、下りていったら若い従業員にような方が来て社長がこれをと言って名詞を渡された。

名詞を見ると名前は上別府さん。上別府畜産場の社長さんだ。私もブログの書いた紙を渡し良かったら見てくださいと言った。橋の上に戻り、今度は上から散歩しているところを写真に収めた。思わぬところで思わぬ牛と人に会えてラッキーだった。

10時30分、大崎町に入る、近くに商店があったので入ろうとしたら入り口にあのメジャーリーグの福留選手の活躍の速報が大きな紙に書かれて貼れていた。中に入ってパンを買い、福留選手はこの近くの出身ですかと聞くと、スキンヘッドのタコ八郎のような顔をしたおじさんが「オーイ」と言っても届かないけど、この近くの出身です」と言った。面白いおじさんだなと思った。

12時に大崎の道の駅に着く。この当たりから段々眠くなってきて歩きながら何度も立ち止まるようになった。昨日、ネットカフェで深夜に一度目が覚めてそれからあまり眠れなかったので、その影響だと思った。歩いていても意識が朦朧としてきてたまらなくなる。途中バス停でしばらく目をつぶって休んだりして、のろのろ、うとうとと歩く。

14時志布志駅、16時にとうとう宮崎県に突入する。ここまでくればあともう一息だ。串間市に入ってから道路沿いの商店に面白いオレンジの色をした果物のようなものがあったので1枚写真を撮らせてもらった。名前を聞くと「ホックスフロート」キツネの顔に似ているのでその名前がついたらしい。詳細はわからないが家に飾っておくと魔よけになるようだ。

17時半に串間のジョイフルで夕食390円に定食を食べる。さらに40分ぐらい歩いたら串間駅に着いた。この駅は3年前、九州一周の最後の歩きのスタート地点だった。駅はあまり変わっていなかったが駅舎が狭くなり「串間駅の駅」と言う物産館がたっていた。

何処にテントを張ろうかと物色していたら、何やら荷物とギターを積んだママチャリ自転車があった。後ろカゴに日本一周中と書かれている。横のコンビニにそれらしい人がいたので話しかけた。名前をあついゆう 年齢は24歳、ギターの弾き語りをしながら全国を回っているようだ。

自主制作だがCD持っていて販売もしているようだ。私が「1枚いくらですか」と聞くと「600円」ですと遠慮がちに言った。「じゃあ1枚買います」と言うと自転車からCDを持ってきた。CDのタイトルは「あついゆうの日本一周の旅」 日本八景、曲名は(消えぬ想いある限り)(いつもごめんね)(1975年4月30日 ベトナム軍人の想いをのせて)の3曲、聴くのが楽しみだ。

彼の話によると普通の表現ではだれも振り向かないので自転車の日本一周の旅を思いついたようだ。最初はお金もなく3日間ぐらい何も食べるものもなく道端の花を食べたこともあると言っていた。今はバーで弾き語りしたりCDを売ったりしてどうにか最低限の生活が出来ているようだ。又、ブログもやってるようで応援してくれる方の家にお世話になることもあると言っていた。

これからは沖縄に行って2ヶ月ぐらいバイトをして資金をため又、旅を続けたいと言っていた。お互いの名詞交換をして記念写真を撮りあった。私の地元、行橋に来た時は是非寄ってくださいと伝えた。彼はこれから志布志まで行くと言って寒い夜の町をスタートした。

22過ぎに駅の改札口の通路にテントを張った。風が吹きぬけるので寒そうだが仕方がない。テント内に入り寝袋の包まるとあまり寒くなかったのでこれなら寝れると思っていたが、夜が更けるにつれて寒さが強まり、なかなか寝付けなかった。寒いのでトイレも何回も行ったりしていたらとうとう朝まで眠れなかった。



                  今日の写真



           お世話になったシリーズは忘れました



                  宮崎県突入
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                 ホックスフロート
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     これが安全で安心な町作り?人を信じる気持ちも大切だと思うが
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                   朝の川
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                上別府さんと勝安竜号
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                 あついゆう君
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                  彼のCD
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by musashigaiku | 2010-11-24 20:45 | 宮崎