イルカの群れに出会う

11/21 晴れ


鹿児島新港に定刻の8時に着く。船から出ると急に寒くなったよう感じた。沖縄に比べると温度差が5℃以上あるような気がする。地図も確認せず適当に歩いていたら反対方向に歩いていた。途中間違ったことに気がつき引き返そうとしていたら急に武蔵号が重くなった。おかしいなと思ってタイヤを見るとパンクしていた。

消防署の駐車場の隅を借りて、パンク箇所を確認したら黄色いガラスの破片がタイヤに刺さっていた。手で取り除くとタイヤが横に5ミリ亀裂がはいっていた。パンク箇所がわかっているので修理は20分もかからないで終わった。やれやれだ。

地図さえ確認していればこんな事にならなかったのだろうが後の祭りだ。気を取り戻して地図を確認して10号線を目指して歩く。先日、見た西郷隆盛の銅像の前を右折すると10号線に出た。後はこのまま道なりに進めば良い。10時過ぎたあたりから段々熱くなり、トレナーを脱いで半そでのシャッに着替える。寒いと思っていたがやはり南国暑さは半端ではない。

しばらく行くとトンネル差し掛かった。歩道が極端に狭く、武蔵号が通れない幅だ。車線を変更して左の歩道を歩こうとしたが出口で狭くなっていたら引き返さなければならないので車道を歩くことにした。歩道がある分、車道が狭く、ヒヤヒヤしながら歩いた。トラックが通るたび立ち止まって通り過ぎるのを待った。自宅までもう一息なのにこんな所で事故でもあったら元も子もない。細心の注意をしてトンネルを抜ける。

10時半頃、右手に海が見えてきた。錦江湾だ。背景に霞んで見える山があの桜島だ。俺が桜島だ。文句あるかー。とでも言ってるようなどっしりとした構えだ。時折船が通っているが桜島の前ではプラモデルのように小さく見える。さらに1時間ぐらい歩くと海の上に長方形の形をしたブイのような物が数多く浮いている。はまちとかんぱちの養殖のようだ。桜島にはあまり似合わない光景だ。

時間は12時を過ぎているがこの辺りは商店やコンビニもなく腹ペコの状態だ。しばらく我慢して歩くしかない。13時過ぎ、道路沿いにバイクが止まっていた。どうも故障らしい。私が「どうしたんですか」と聞くと困ったような顔をして「エンジンがかからないんです」と言った。顔を見るとまだ20代ぐらいの若者だ。「ガソリンは在るのかと」聞くとあると言うので「一度エンジンを掛けてみてと」私が言うと「セル」を回したら一発でかかった。

よく聞くとメーター横のランプが点灯してエンジンがかからなくなったといったので私が確認したら水温計のランプだった。バイクは水冷式のようでラジエターがついていた。多分、ラジエターの水が不足してオバーヒートしてエンジンが止まりしばらく置いていたのでエンジンが冷えて作動したようだ。

私がラジエターの水を入れれば復帰すると教えたが水の入れ方も判らないようだ。ガソリンさえ入れればバイクは動くと思っているのかもしれない。情けないなと思ったが何時までかかわっていても先に進めないので「じゃあ」と言って歩き出した。

しばらく歩いていると道路横に車が止まっていた。横で30歳ぐらいの女性が海をしきりに眺めていた。私が「何か見えるんですか」と聞くと「イルカがいるんです」と言った。私が「えーこんなところにイルカがいるんですか」と聞くと「ここの海に定住しているようで滅多に見れませんが今日は運良く見れました」と言って海の先を指差した。

よく見るとイルカがエサを求めて水面に上がったり潜ったりしているのがよく見えた。その女性に「この先に食堂やコンビニはありますか」と訪ねたら「あの先を越えたら町があるのでそこに行けばあります」と教えてくれた。私がありがとうと言って歩き出したら、急に「パンがありますパンが」と言って車からふた袋のパンを持ってきてくれた。「これだけももらったら悪いです」と言うと「私の分はありますので、頑張ってください」と言って去っていった。

女性が去った後に海を見ていたら時折、イルカが海に出てくるのが見えたのでカメラを望遠レンズ付け替えて写真を撮ることにした。10分ぐらい待っていると2~3回海から出て来たので夢中でシャッターを切った。14時45分にジョイフルで遅い昼食、ここも安くて美味しく、ごはんの大盛りもOKなので助かる。

16時に加治木市、しばらく行くと加治木駅があるようなので道路を右折して行ってみた。運がよければテント泊が出来るかなと思っていたら駅員が最終列車までいるようなので諦めて国道まで戻る。

17時に霧島市に入る。今日も宿泊先の予定無し。しばらく道なりに歩いていたらガソリンスタンドがあってのでこの近くでテント泊出来る様な所がないか聞いてみたら、この先に公園のような所があるがヤンキー(暴走族)の溜まり場になっているので行かない方が良いと教えてくれた。

それから思い出したように少し手前に小浜と言う海水浴場があると教えてくれたので行ってみることにした。海水浴場の手前が公園のようになっていて広い広場があり、その先にコンクリートで出来た海の家のような所があった。雨も防げるし目の前が海で桜島が見える絶好の場所だった。勝手にテントを張っても悪いと思い、散歩に来た人に許可をもらった。夕食はまだだったが先ほどもらったパンをかじって腹の足しにした。電源がないのでテントの中でブログ更新をしたが半分も出来なかった。21時過ぎに寝る。



                    今日の写真



                  船から見た朝日
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               木目模様(組写真)1
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               火山灰置き場
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                 菊の花
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                  桜島
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                 釣り人
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               イルカの群れ
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# by musashigaiku | 2010-11-22 17:57 | 鹿児島県  

ありがとう沖縄、座間味

11/20  晴れ


1週間近い旅だったが充実した日々が過ごせ満足している。天候が悪くきれいな海は見れなかったが、それ以上に沖縄の人のやさしさや思いやりが心に沁みた。徒歩の旅を通じて沖縄の人の生活、自然、人、を垣間見ることが出来て来てよかったなと思った。5年か10年後に今度は車で是非来て見たいなと思った。

7時に港の前に張ったテントを回収して乗船の準備をした。昨日、港に着いてサイフの残金を確認したら旅費も払えないような金額だったので慌ててコンビニの場所を聞き、近くのコンビニまでお金を下ろしにいった。近くにスパーもあったので朝食用の弁当も買い待合室で食べた。船の出港時間は9時,少し時間があったので待合室のテレビを見て過ごした。

切符を買い外の乗り場近くに出ていたら牛の声がした。よく見ると目の前に大きな鉄の箱が4個?ありその中に牛がぎゅうぎゅう詰めに入れられていた。時折「ウォー」と泣き声を出している。近づいていってみるとまだ小さな子牛もいて非常に可愛い顔をしていた。近くにいる人に聞くとこの牛は黒江和牛で沖縄で育てられて。鹿児島まで送られ、そこで又大きく育て売れれるようだ。あどけない子牛の大きな瞳を見ていると可愛そうで涙が出そうになった。

船は定刻通り9時にスタート。与論島に着いたあたりから皮肉にも天気は快晴になってきた。コバルトブルーの海が眼下に広がって非常にきれいだ。時間は充分あるので船の中でゆっくりブログの更新を行い疲れたら昼寝をしたりして過ごす。

12時過ぎに船内の食堂で昼食、今日はメニューの中で一番安いうどんセットを食べる。味が濃くてわりと美味しかった。休憩室でごろごろしていたら、いつの間にか夕食の時間になっていた。今日は時間の経つのが早い。今食べてないとこの後の食事はないのでカツカレーを注文した。



                      今日の写真



                 本部港ターミナル
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           お世話になったターミナル入り口
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                 鹿児島行きフェリー
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          本部港に入ってきた修学旅行の高校生
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              停泊した与論島の海
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                マリンブルーの海
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# by musashigaiku | 2010-11-20 19:15 | 沖縄  

沖縄の優しさ 今日の差し入れ4回目

11/18 曇り時々晴れ


昨日は牧港のドミトリーにお世話になった。ここは1階が車の整備工場で2階が宿泊施設になっといる。帰りに挨拶にいったら整備工場の従業員がいたので武蔵号の固定脚を少し補正してもらった。お世話になったので礼をいって記念に写真を撮らせてもらい8時45分にスタートする。

いつものようにコンビニでお握り2個の朝食を摂る。1時間ぐらい歩くと道路沿いにアメリカ的なお洒落な店が
見えるようになった。米軍相手の商店だと思うが、アメリカの中古家具、インテリア、雑貨の店が至るところに見られる。写真的にも面白いので写真を撮りながら歩く。

10時40分に北谷(シャタン)に入る。しばらく歩いていると駐車場からマイクを持った男が突然現れた。「すいません東京から来たKBCテレビのものですが、さんまと玉緒のお年玉、あんたの夢をかなえたろかと言う正月のスペシャル番組です。よかったら取材させてもらえませんか」と言ってきたので,いいですよと言って取材を受けた。

旅の経路や目的、印象に残った事等を20分位かけて聞かれた。最後にさんまさんをどう思いますかと聞かれたので「面白くていいんじゃないでしょうか、これからも頑張って欲しいと思います」と言った。連絡先はと言うので名詞を渡した。「放映される時は電話連絡しますので、歩いている所なのに時間をとらせて申し訳御座いませんでした」と言って去っていった。

歩き始めて少し進むと後ろから声が聞こえた。振り向くと先ほどのテレビ局の人だった。「頑張ってくださいと何回も言って手を振っていた。思わぬところでテレビ局から取材を受けてびっくりした。運が良ければ正月に放映されるかもしれない。

嘉手納を過ぎた辺りから民家がなくなり道路両側にアメリカ軍の施設や基地が目につくようになった。ここは本当に日本だろうかと思うほど基地の見える道が続いた。

12時過ぎ先日お世話になった座間味の明日香さんから電話がはいった。沖縄のケーブルテレビに取材を以来したので電話番号を教えていいですかと言ってきたので了解した。30分ぐらいしたらテレビ局から電話が入った。歩いている場所を知らせて待っているとテレビ局の人が来た。どうもエリア外を過ぎているのでなので取材は出来ないようだ。一通り旅に経路や目的を話した。私みたいな人間に話を聞きに来てくれるだけでありがたいなと思った。

13時40分、枯葉マークの車に乗っているじいちゃんが車から降りてきて「何時から歩いているんですか」と聞くので「3月14日からです」と言うと「ウエー」と言って驚いていた。ポケットから飴やお菓子を出してこれと言って渡された。「ありがとう御座います」と礼を言うと頑張ってと言って去っていった。

嘉手納の市街地に入ってからしばらくしてから又、差し入れを頂いた。年齢は70歳ぐらいで日に焼けて元気そうな方だ。握手を求めてきたので手を出すと凄い力で握られた。痛いほどだ。「力が強いですね」と言うと「芋ほりで鍛えているからね」と言って笑っていた。最後にお菓子と飴を頂いた。これで差し入れは2回目だ。沖縄に人は親切な方が多いなと思った。

14時55分、今度は80歳ぐらいのじいちゃんならの差し入れを頂いた。品の良い方だ。ゲートボールに行く途中のようだ。コーラを2本頂いた。丁重に礼を言って分かれた。

しばらく行くと道路沿いに琉球村の看板が出ていた。昔の沖縄の住居や生活が見られる観光地のようだ。せっかくなので行ってみることにした。右折の表示があったのでその通りに歩いていった。10分もしないで着くだろうと思っていたら考えが甘かった。どんどん坂を下っていったがいくら歩いても着かない。引き返すわけにいかないのでそのまま進んでいった。着いたのは15時40分、30分以上も歩いたことになる。

少し高いが入場料を払って琉球村へと行った。住居が新しく作ったのではなく古い家をそのまま運んで作ったようだ。昔の沖縄の住居や生活が再現されていてなかなか良かった。広場では琉球の踊りも披露されていて多くの観光客が集まっていた。写真を撮りながら1時間ぐらい見学して回った。

国道に戻るには坂道を登っていかないといけないが仕方がない。フルスピードで国道まで戻る。恩納村17時20分に着く。しばらく歩いていると今度は軽トラックが待っていた。「日本一周ですか何処から?」と聞くので「福岡県から」と答えて「北海道や四国は回ってっ来たのでもう終わりに近いです」と説明した。「頑張っ手」と言って車の中からマシュマロを1個渡された。どんな小さなものでも同じようにありがたい。口に入れるとふんわりとした甘い味がした。今日で4回目の差し入れだ。感謝感激の沖縄だ。

今日も全く宿泊の予定無し。18時半ごろ恩納の市街地に入る。道路沿いにサーフィンショップがあったので安い宿泊施設がないか聞いてみた。この先にチヌマンと言う琉球料理の店がありその2階に安宿があるというので行ってみた。2,200円で洗濯、風呂ありの宿だ。即、宿泊することにした。近くにコンビニがあるので弁当を買って宿で食べ、ブログ更新をする。



                    今日の写真



               お世話になった牧港のトミトリー
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                 左が整備工場の社長さん
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                       アメリカ  1           
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                 テレビ局の取材
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                  琉球村1
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# by musashigaiku | 2010-11-18 22:14 | 沖縄  

終わりよければすべて良し

11/17 曇り時々晴れ



南城市の体育館を6時35分にスタート。昨日頂いた焼き飯の残りをバス停で食べる。先日頂いた差し入れだけで昨夜、今日の朝それに昼の弁当まである。約1日分の食料だ。まだカレーパンとお菓子もある。本当にありがたいことだ。

しばらくいくと坂道が続くようになる。沖縄は坂道が多いと聞いていたがこれほど坂が多いとは思わなかった。今日は海沿いを通って知念岬の方に行くコースもあるが遠回りになるので137号を通って与那原町の方面に行くことにした。

このコースも坂が多く大変だった。11時過ぎに与那原町に着く。この先このまま沖縄市の方に進む道と那覇市から海沿いに行くコースがあるが途中、首里城によって浦添市方面に行くことにした。

しばらく行くと道路沿いに沖縄そばの店があった。お客さんが多いので美味しいだろうと思い、ここで昼食を食べることにした。先日貰った寿司弁当があるので沖縄そばと一緒に食べた。そばは麺に歯ごたえがあり味も良かった。お客さんが多いはずだ。

13時30分に首里城に着く。生憎メインの首里城が塗装中で半分はカバーに覆われていた。せっかく来たので入場料を払って館内を見学することにした。きらびやかな中国と琉球の文化が和合した素晴らしい様式美が見られた。

館内を見学して出た所で若くてきれいな二人の女性から声を掛けられた。「えー徒歩で日本一周をしているんですか」と驚いた声で言った。簡単な旅の経路を話すと、さらに驚いて「一緒に写真を撮ってください」と言った。

私が何処から来たんですかと聞くと「東京からです」と笑いながら答えた。通りがかりの人に頼んで武蔵号を真ん中にして3人並んで写真を撮った。美人の二人に囲まれて、加山雄三ではないが「幸せだなー」と思った。よかったらブログも見てくださいと言ってブログのタイトルの書いた紙を渡した。

1時間ぐらい首里城にいて、国道58号を目指して歩く。15時40分に浦添市に入る。しばらく行くと左手に米軍のキャンプキンザーが見えてきた。距離にして2km近く広大なキャンプ地が続いている。これほどの土地が本当にいるんだろうかと思った。

16時35分、近くにホットモットがあったので夕食(カツ丼)を食べる。この先のマクドナルドがあると聞いていたのでそこまで歩いた。マクドナルドでブログ更新しようと充電器を調べたらビニールケースに入れた携帯やカメラ用の充電器が入った袋が無いことに気がついた。

ひょっとして那覇のゲストハウスに忘れたかもしれないと思って電話をしたらやはり忘れていた。パソコン用はリュックに入れていたので問題ないがカメラの充電器がないと写真が撮れなくなるので困ったことになってしまった。

旅行中なので送ってもらうことも出来ず直接取りに行くしかないかなと思って、レンタカーを借りて武蔵号をマクドナルドの預けて取りに行く予定だった。タクシーに乗って那覇の港までいくらかかりますかと聞いたら3,000円ぐらいで往復出来ると言うのでレンターカーは止めてこのままタクシーで行くことにした。

那覇の港のゲストハウスには思ったより早く20分もしないで着いた。忘れ物を貰い、すぐ来た道を引き返した。タクシーの料金が片道で2,000円を超えていたが運転手さんが親切に3,000円で良いよといってくれたので助かった。さらにこの近くに一泊1,500円で泊まれるところがあると教えてくれた。

今日も何処に泊まろうか思案していたが本当に安い宿があって助かった。徒歩で5分もしないで着いた。完全個室でシャワーもあり、洗濯も出来て至れり尽くせりの宿だった。怪我の功名と言う言葉があるがまさにこの事かもしれない。実はジャンパーもトレーナーもシャッも汚れまくっていて洗濯をしたいなー。と思っていたところだった。それにカメラの方も沖縄に入ってからかなりの枚数を写しているので整理の必要があった。ここで全てのことが一挙に解決した。終わりよければすべて良しだ。


                       今日の写真



               お世話になった体育館の軒下
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                   沖縄のバス停
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               残念な駐車場のゴミ
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                 赤い花
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                青空が似合う
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                バイク置き場
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             首里城1
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首里城の写真はまだ何枚もありますがカメラの設定がずれて今は載せることが
出来ません。後日、載せる予定です。



                 東京美人と
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# by musashigaiku | 2010-11-17 22:16 | 沖縄  

大量の差し入れに感激

11/16 曇り時のち雨


昨日遅くまでブログ更新に手間取ったので朝は少しゆっくりしてゲストハウスを7時半にスタート。今日から沖縄の歩きが本格的にスタートする。しばらく行くとコンビニがあったので今日はカレーの朝食にした。

港の横の道を通り、右折して国道331号線に入る。道路沿いに木の根が絡まったような大きな木があった。「カジュマル」と言う琉球列島より南に生える常緑木だ。面白いので何枚か写真を撮る。少し歩くと今度は私が習った空手の流派、松涛館流の「近代空手の父」と呼ばれている船越儀珍の石碑があった。こんな所にあるとは思わなかった。

8時55分に沖縄空港、9時半に豊見城市に入る。ふと後ろを見ると武蔵号を固定している紐が解けていた。よく見ると日本一周の旗が見当たらない。どうも落としたようだ。3月のスタートから一緒に行動してきた旗なので戻って探すしかない。

20分位まえに写真を撮る時に落としたのかも知れない。ハイスピードでも戻ると写真撮った所から20m位先の歩道に落ちていた。すぐ横が深い側溝があるのでここに落ちていたら取れなかった。手を伸ばして取ろうとすると風が吹いて側溝に落ちる寸前だった。手で押さえてどうにか落下しないですんだ。

11時20分に糸満市の入る。1時間ぐらい歩くと道路沿いに琉球ガラス村と言う所があったので寄ってみる。販売店があり実演も出来るようだ。若い女の子がそこの係りの人に従い長い鉄の棒の先に溶けたガラスを口で膨らましてそれからイスに座りそのガラスを回転させてガラスコップを作っていた。「凄い、凄い」と言いながら何人か順番待ちをしていた。しばらく店内を見学して又、歩き出す。

14時にあの有名なひめゆりの塔の「ひめゆり平和祈念資料館」に着く。多くの観光客(修学旅行の学生や団体客)でごった返していた。せっかく来たので入場料を払って資料館を見学することにした。館内で生き残った看護要員(女学生)が当時の悲惨な様子を話しているビデオが放映されていた。いずれも戦争の怖さや悲惨さを如実に語っていた。

特にその中の一人の証言を聞いていると涙が出てきた。アメリカ兵に「私は重傷なので殺してください」と言って手榴弾を渡して死ぬのを待っていたが何事も怒らなかったので目を開けると兵隊が「私には到底出来ない」と言ったそうだ。沖縄戦ではひめゆり以外にも数多くの学徒隊が動因され1998名の学徒が戦死してと言われている。

15時半に平和記念公園、あまり寄り道も出来ないので素通りする。しばらく歩いていると40歳ぐらいの子供連れのお母さんから声をかけられた。「何で歩いているのですか」と言うので私は「歩く事が好きで、歩きながら今の日本の姿を写真に撮っています」と説明したら「頑張っください」」と言ってパンのセットを頂いた。久々の差し入れなのでうれしかった。感謝の気持ちを伝え又、歩きだす。

17時15分南条市の入り20分位歩いたところで今度は車から女の人から降りてきた。日本一周の旗を見て、「先ほど見かけました。何処から歩いていますか」と言うので、旅の経路を説明すると「えーそれは凄い」と言って驚いていた。それからドアを開け大きな袋に入ったご飯やお菓子、弁当、お茶を持ってきて、「これ食べてください」と言って渡されたので遠慮なく頂いた。武蔵号に積めない位の量だ。感謝の気持ちで一杯になり、何回もお礼をいった。

南条市に入ってから宿泊場所はあるだろう思っていたが、国道から遠く離れた島に民宿が1件あるだけで他のは私が泊まれるような安宿は無かった。仕方ないので市役所や体育館のある方面に左折する。取り合えず体育館まで行ってみたら、軒下にテントを張れる場所があったので先ほど頂いた焼き飯を食べた。

体育館のはまだ職員が残っているようでまだテントを張るわけにいかないので一度役場の方に戻ることにした。途中のタイのレストランがあったので何だか分からないスープを注文して電源を借りてブログ更新をする。レストランを21時に出て又、体育館まで戻る。体育館は山手の方にあり、道路の途中に墓があり暗くて気持ちが悪かった。軒下にテントを張り22時過ぎに寝る。



                   今日の写真



              又、お世話になったゲストハウス
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             食べきれない位の差し入れに感激
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                沖縄はスケールが違う
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                 空手に先手なし(船越儀珍)の碑
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               沖縄県知事選         
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                パターン
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              沖縄の古い墓
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              琉球ガラス1
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                    ひめゆりの塔1
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                  T シャツ売り場
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# by musashigaiku | 2010-11-16 21:33 | 沖縄